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【News】対馬島は上古時代からウリの領土だった!」 [韓国News]

1 名前:犇@犇φ ★[] 投稿日:2008/01/12(土) 17:26:26 ID:???
■「対馬島は上古時代からウリの領土だった!」
  -- 朴炳植(パク・ピョンシク)/歴史学者

対馬島(テマド)は釜山から南東へ約50kmの所にあるから、天気の良い日には肉眼でもはっきり
見える。したがって、遥かな上古時代から日本列島を開拓した我々の先祖のうち、多くの人が
その地に渡って定着したはずであることは、疑う余地が無い。

今では「テマド」(対馬島)と呼ぶが、かつては「トゥシマ」(2つで成り立っている島という意味)
と言った(訳注:韓国語で2は「トゥ」。ちなみに島は「ソム seom」)。日本人が「トゥ」という音を
発音できないために、日本語では今「ツシマ」と言っている。韓国語の「トゥヌェ」(頭脳)を日本
人が「ヅノウ」と発音し、「テドゥ」(大豆)を「ダイヅ」と発音するのと同じだ。

西暦1900年に刊行が始まり、今も変わらぬ権威を誇っている『大日本地名辞書』も、「対馬」は
元々、船着場を意味する「津」に「島」を付けた「津島」であり、「対馬」という漢字表記は中国人
が「魏志」で初めて使いだしたという。

「対馬」という漢字表記が初めて見られるのは「日本書紀」(敏達天皇12年)だと『大日本地名
辞書』に書かれていることから見て、「トゥシマ」という韓国語が「ツシマ」と発音されるようにな
ったのは非常に昔からのようだ。

唐代に編纂された「北史」隋書の「倭国伝」には、ツシマが漢字で「都島」と表記されていると
いう。8世紀初めに編纂された 「古事記」(建国神話)には「津島」と書かれている。

この「ツシマ」は、新羅時代に大耶城の提督であった宗貞(チョン・ジョン)と、高麗時代の大将軍
だった宗煕(チョン・ヒ)の子孫が代々支配していたが、『大日本地名辞書』によれば、高麗時代
に当たる鎌倉時代に幕府も宗氏家門を「ムネシ」(宗氏)と発音して「ツシマ」の領主と認める
ようになった。こうした理由で、宗氏は韓国との交易を主要産業にして近世に至るまで栄えた。

我が国の領土である独島(訳注:竹島のこと)を自国領土だと最近言い張っている日本人とは
違い、「ツシマ」が古代から我が国の所有だということは、語源から明かされる島名の由来から
見ても『大日本地名辞書』の証言で確認されうる。

馬山市が「対馬島(テマド)の日」を制定したのは、独島問題による一時的興奮がもたらしたもの
ではないということを、小学生から始まって全国民にまで冷静に広報すべきだろう。

(筆者は日本天皇家を一生研究してきた歴史学者。日本の大学で教授を務め、著書に『日本
語の悲劇』『日本語の発見』など20冊余りがある。現在は韓民族文化研究院学術顧問。)

▽ソース:ブレークニュース(韓国語)(2008/01/11 09:05)
http://www.breaknews.com/new/sub_read.html?uid=76021§ion=section4

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